物の本によく「そばの香りが口全体にぷーんと漂って・・・」などという表現を眼にする。そばの香り?わたしにはよくわからない。匂いをかいだり、つゆをつけずにあじわってみても、どの香りがそうなのかわからない。「もしかしたらこれかな?」と思っても、実はつゆの香りだったりする。わたしのレベルは所詮こんなものである。しかし、たった一度だけ、これがそばの香りに違いないと確信したことがあった。「そば処 浅田」の10割そばである。玄関には「騒ぐお子様はご遠慮ください」の注意書きがある。大盛りを頼んだ客に主人が「大盛りにすると途中でのびておいしく食べていただけないので、うちでは大盛りは出しません」と答えていた。このように、すこしばかり神経質すぎるのではないかと思わせる主人は、やはり、そばに対しても十分すぎるほど神経質できびしい取り組み方をしているようで、みごとなそばである。調理場がオープンになっており、客の様子をしっかり頭の中で把握して、そばの出し方に気配りを怠らない主人の様子が窺われる。そのやや硬い空気が、奥さんらしい女性の笑顔でそつのない対応により、ほどよく緩和されているといってよい。