北山にたなびく雲の青雲の星離れ行き月を離れて(北山にたなびく雲、その青雲がああ星から離れて行き、月からも離れて行く・・・)
夫である天武天皇崩御のときの歌である。北山とは香具山のことであるらしい。崩御した天武天皇を雲にたとえ、その青雲が星も月も置き去りにしてはるか空の彼方に消えてしまうという悲しみをたたえた歌である。月は詠う本人を、星は天武天皇との間に生まれた草壁皇子を暗示していると考えられている。雲と星と月を一つの歌に取り込んだセンスの良さは、一三〇〇年前に詠われたとはとても思えない。
持統天皇は天智天皇皇女で、天智天皇の弟である天武天皇の皇后である。性格は男まさりで非情冷徹であったらしい。天武崩御わずか一箇月後に、我が子草壁皇子のライバルで異腹の大津皇子を誅殺している。日本国家の礎を築いたという点では歴史上極めて重要な天皇の一人である。律令制度を打ち立て、戸籍をつくり、歴を制定するなどの業績を残している。また、持統天皇の時代にはじめて「日本」や「愛国」という言葉が使われたという。このような偉大なる女帝が、普通のひとりの未亡人として、夫を失った悲しみを涙しつつ詠いあげたのがこの哀歌なのである。
小倉百人一首 春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山