マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団、バイエルン放送合唱団
ソプラノ:クリステイアーネ・カルク アルト:藤村美穂子
テノール:ミヒャエル・シャーデ バス:ミヒャエル・ヴォッレ
曲目:ベートーベン交響曲第8番、第9番
(2012年12月1日 サントリーホール)
現役の指揮者を、実績、芸術性、人気など客観的に総合評価したさい、マリス・ヤンソンスは間違いなく世界のトップ5に入ると思われる。その他の4人を挙げるとすれば、クラウデイオ・アバド、サイモン・ラトル、ダニエル・バレンボイム、クリステイアン・テイーレマンであろう。ニコラス・アーノンクールやリッカルド・ムーテイなどはそれに次ぐだろうか。異論のある方は意見を聞かせてください。ついでに思い切って、私の好きな指揮者を告白してしまおう。1なにがなんでもカルロス・クライバー 2クリステイアン・テイーレマン 3上岡敏之 4ギュンター・ヴァント 5ベートーベンを指揮するフルトヴェングラーである。私と同じ好みの人がいたら、ぜひ仲良くしたいものである。さて一方、バイエルン放送交響楽団も世界トップ10を選ぶオーケストラの中には必ず登場する楽団なのである。さらに、今日のソリスト達も超一流である。今夜の演奏会をさらに特別なものとしているのは、合唱がバイエルン放送合唱団であるということだ。合唱団まで一緒に来日するのは極めて稀なことらしい。しかも、今夜はベートーベンの交響曲チクルスの最終日なのである。夢にまで見る憧れのミュンヘンにわざわざ行かなくても、このような贅沢な演奏会が東京で体験できることはすばらしい。
超満員の会場は、期待と興奮と緊張が入り混じったような異様な雰囲気である。私の席は2階正面の5列目で申し分ない。舞台を良く見ると、第1ヴァイオリンの最後方の席が1つ空いている。緊張してトイレにでも行っているのかな。息をつめて見守るなか、第1楽章がはじまった。だが、ここで突然“私を悩ませる人々”に属する人が出現した。私のちょうど前の席に大きい身体の人がいて、ちゃんと座らないで身を乗り出すような姿勢をとるので、私の視界が遮られてしまった。その人の頭のてっぺんの髪がボサボサなので、指揮者の姿がすっぽりとボサボサに隠れてしまう。しかも、そのボサボサが曲に合わせてゆらゆら揺れるのである。これでは落ち着かないことおびただしい。私は隣の知らないおばさまに身体がくっ付くぐらい体勢を左の方に傾けることで、ようやく指揮者の姿を捉え続けなければならなかった。おばさまに変な誤解をされなければよいが。曲は端整に粛々と進んでいく。第2楽章はキリリと引き締まった演奏である。全体的にイン・テンポで颯爽としている。でも、ちょっとテンポが速すぎるんじゃないかな。普段なら第3楽章は、油断しているとつい泣いてしまうような美しい場面であるが、速過ぎて脳がどっぷりと曲に漬かれないといった感じ。そして、終楽章。バスのヴォッレの声の響きが良く、上手なこと。合唱のすばらしい迫力。テノール独唱が始まったそのとき、びっくりは起こった。第9でこれほどびっくりしたことはない。舞台の左手の入口が開いて、トランペット奏者が入口のところで立ったままテノールの伴奏を始めたのである。さらに、吹きながら第1ヴァイオリンの最後方のところまでゆっくりと歩いてきたではないか。なんということだろう。こんな伴奏もこんな仕掛けも見たことがない。これには全く意表を衝かれたが、音楽的には強烈なまでに効果的な仕業であったと言わねばなるまい。トランペット奏者は空いている席には座らず、そのまま後ずさりして去っていった。ソリストの歌手陣もすばらしかった。テイーレマンーウイーンフィルの第9でも歌った藤村美穂子が登場したのは嬉しいかぎりだ。終楽章もテンポが速かったので、曲の最後は疾走するかと懸念したが、さすがはヤンソンスらしくしっかりと丁寧にリズムを刻んだ。
興奮のまま外に出ると、ホールの前のカラヤン広場にはクリスマスの飾りライトが光り輝いていた。本年度はこれが4回目のサントリーホールだが、今回が今年の最後となる。ホテルのバーでドライマテイーニとフレンチ105を飲んでからベッドに入ったが、テノール独唱のトランペット伴奏が頭の中でいつまでも響いていた。ああ、楽しかった。おもしろかった。演奏者の皆さん、感動を分かち合った聴衆の皆さん、ありがとう。