クリステイアン・テイーレマン指揮 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
ワーグナー歌劇「タンホイザー」序曲
楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と“愛の死”
歌劇「リエンツイ」序曲
ブラームス交響曲第1番
(2012年10月24日 愛知県芸術劇場コンサートホール)
クリステイアン・テイーレマンとウイーンフィルのベートーベン交響曲全集のCDを聴いて、私はテイーレマンのファンになった。オペラ歌手が練習するときにピアノ伴奏をするという下積みの仕事から修行をはじめ、いまや世界の頂点に登りつめようとしているドイツ人である。歳は50を超したばかりの屈強の大男で、今年、名門ドレスデン国立歌劇場管弦楽団の芸術監督に就任したばかりである。
まず、タンホイザー序曲から参ってしまった。ゆっくりとした静かな出だしから徐々にテンポが上がるとともに重厚さを増す。そして、最も良い場面にさしかかるとスピードをぐぐっと落としてじっくり聴かせるやり方である。「ここが聴き所だぞ。どーだ、どーだ。凄いだろう。」とでも言っている様な気がする。金管楽器の大強奏のすばらしいこと。間をおかずはじまったトリスタンもすばらしい。このオーケストラは典型的なドイツ風の重厚な響きを売り物にしているかと思ったら、繊細で美しい調べを隠し持った楽団であった。しかし、カルロス・クライバーのトリスタンを聴いてしまった私にとって、どんなすばらしいトリスタンも平凡なものとしか思えない。クライバーのトリスタンは、物悲しくも烈しく美しく燃え上がる情感に満ち溢れ、だれしもが魂を震わせられる音楽であり、他のだれにも再現することはできないであろう。リエンツイははじめて聴く曲だが、ワーグナーらしくない楽しく騒がしい曲に感じた。テイーレマンの指揮は一風変わっている。普通の指揮者は上から下に拍子をとるが、彼はときどき重心を下に落とし、下から上に拍子をとるのである。巨体であるだけに迫力がある。メインはブラームスの交響曲1番。これがすごかった。フルトヴェングラーとベームを掛け合わせたらこうなるのではないかと思われる代物だ。微妙な緩急が新鮮で、聴きどころではぐっとテンポを落とし、じっくりと聴かせるのはどの曲でも同じだ。これまで、実演やCDで何百回も聴いてきたこの曲の中で、もしかしたらこれが最高であったかもしれない。聴き手としての緊張感が最初から最後まで持続できたのも、上岡敏之のコンサート以来のことであった。特にクライマックスは終楽章だ。たとえば、“タリーラリラーラ”のあの有名な旋律が、なんと5秒間ものタメの後に始まったのである。しかも、それは普通よりもずっと弱く静かにゆっくりと。私はこの時背筋がぞーっとしましたね。そして、テンポは徐々に速くなり、次の“タリーラリラーラ”は初めよりもより強くリズムに乗って。最後の“タリーラリラーラ”は最も強くかつ少しテンポを落とし、感情をこめて。私は感動したね。カーテンコールはテイーレマンの独壇場だ。早足で引っ込んだと思ったら、すぐにせかせかと出てきて、指揮台の鉄棒を両手に掴み、顔をヌーッと前に突き出す。そして聴衆を睨みつけるのだ。大男のこの異様な様は、まさに怪物である。アンコールはローエングリン第3幕の前奏曲で、ドカーンと盛り上がった。
実演に接して、私はこの人がさらに好きになった。最近流行しているピリオド奏法や、クライバーのうわべだけを真似したようなスピーデイーな現代風といわれる演奏よりも、テイーレマンのような堂々とした古風なほうが好きである。かといって、テイーレマンの演奏が古臭いというわけではなく、独特のニュアンスや緩急のつけ方などは過去の巨匠にはないセンスの良さがある。テイーレマンがウイーンフィルの定期に出演するなら、わざわざウイーンに行くのもやぶさかではないと思っていたが、その必要はなさそうだ。なぜなら、CDとDVDにもなったウイーンフィルとのベートーベンの交響曲全曲演奏会を、ベルリン、パリに引き続き、2013年秋東京でも行うというのだ。今から、こうしてはいられない。