12月30日
真千さんは仕事でベルリンへ出かけてしまったので、今日から独りになってしまった。朝食に行くと、ボーイが「いつもの席へどーぞ、サー」(よくわかっているじゃないか、よしよし)隣の席にNHK会長夫妻がやってきて、「今日はどちらへ?」「コンサートがありませんので、美術館などをぶらぶらしたいと思います」「私たちは郊外のホイリゲ(ワインを作って飲ませる田舎の食堂)に行きますが、いいところご存知ですか?」「それならベートーベンゆかりのメイヤーがよいでしょう」
午前の遅い時間、美術館へゆっくりと歩いて行く。前回と同様、フェルメールの絵に直行し、また来ましたよ、と挨拶する。ブリューゲルやルーベンスの巨大絵画の前でボー然とする。「海外の美術館を訪ねて、自分の好きな作品だけ見て回る。鑑賞するうえで、これほど贅沢なものの見方はないであろう。もっと贅沢な見方があるとすれば、自分の目当ての作品に再び相対し、前回の時とは違う何らかの会話を作品と交わすことだ」などということを、井上靖氏が言っておられたことを思い出した。館内のゲルストナーカフェにはいり、前回と同じ席で早い昼食にする。このカフェの見事さに対する感動は、前回よりもむしろ強い。ゲルストナーソーセージ、ホットりんごパイ、メランジュ2杯。毎日これだけ同じものを食べているとランキングが作れる。ソーセージは (1)ザッハー (2)インペリアル (3)シュヴァルツエンベルグ。ホットりんごパイは (1)モーツアルト (2)ゲルストナー (3)ドウ フランス。異議のある方は私にご連絡を。
美術館向かいの自然史博物館に行く途中、マリア・テレジア像が建っているが、かわいい少女を肩に抱いて立っている、にやけた青年、見たことがあるぞ。そう、半年前、電車の中で困っていたとき話しかけてきたウイーン大学の学生だ。「半年前、電車の中であなたとお会いしましたが、覚えていますか」「ああ、あの時の日本の紳士。またいらしたのですか」「このたびはニューイヤーコンサートに」「ヒエー」別れ際、「キミの英語、上達したねえ」などと、このわたしがよくもまあ言えたものだ。こっちはもっとひどくたどたどしい英語なのに。
博物館を軽く一周した後、街の中をふらふらと歩きまわり、面白そうな店があると冷やかしに入ってみる。これも一種贅沢といってもよい時間の過ごし方であろうと思う。ショーウインドウから覗いて猫物を見つけると入らずにはいられない。黒猫グッズがあると心は歓喜でうち振るえてしまう。実は黒猫マニアなのである。わたしの家の中は黒猫だらけなのだ。黒猫の絵葉書、ノート、人形、キーホルダーなど、何でも買い漁る。買うのは常に2つである。もう1つは、わたしよりももっとひどい黒猫中毒の娘のために。
疲れてホテルに戻ると、部屋のサービスのフルーツが毎日入れ替わっているのがうれしい。さて夕食は独りで何にしようかな、なんて全然迷ってもいない。なぜなら、昨日食べたフィレステーキが今朝から頭の中を駆け巡っているから。今日は白ワインにしてみようかな。肉料理に白ワインだっていいじゃないですか。