碇星 / 吉村昭(中公文庫)★★★
吉村昭の文章には曖昧なところがなく、極めて明晰である。この文はどういう意味か?とか、どう解釈するか?などと余計な思考が不必要なため、物語の本質がそのまま頭の中に入り込んで来るような感じがする。この短篇集は主に、定年退職前後から10年ぐらいの間の年齢の男の物語である。いずれの話も味わい深い。私には定年というものがないので、普段は定年後のことは他人事と感じて来たが、もし仮に定年退職したとしたら何をしたいのかを思いめぐらすきっかけとなった。1両日暇なときに考えてみた結果、旅行、コンサート、読書、音楽鑑賞、ジム通いなどしか思い浮かばない。何のことはない、現在の生活とほとんど変わらないではないか。結局今の生活が自分にとって理想的な形なのであった。「寒牡丹」では、定年退職したその日に、妻が「私も今日定年退職です。あなたの退職金の半分をいただいて遠くで一人で暮らします」と言って出て行ってしまう。ちょっと恐ろしい話だ。(平成29年2月)