江分利満氏の酒食生活 / 山口 瞳(角川春樹事務所)★★★★
一時、山口瞳の本を集めて読み漁った時期があった。しかし、ある1つのエッセイを読んで落胆してしまって、未読であった本を放り投げてしまった。そこには、自分の師である人に対して失礼で無神経なことが書かれてあったからだ。山口瞳は「礼儀作法入門」という本を書いたぐらいであるのに、自分の文章が礼儀作法にかなっていないことに私はがっかりしたのだった。古書店でこの本が目に入り、懐かしさを覚えて手に取った。この本はいろんなエッセイ本の抜粋である。再び改めて読んで、なるほどそうかと納得できる点が多かった。やはり私は山口瞳の考え方に共鳴するという立場を捨てがたい。いくつか引用したい。「私にとって大事なのは、それが料亭であるとすると、そこの料理が美味い不味いよりも、店の雰囲気と従業員の気ばたらきの方である。それと縁というものを大切にしたいと思っている。そうして、従業員の気ばたらきのいい店の料理は、これはもう間違いなく美味いのである。」「礼儀作法とかマナーとかいうものは、知っていてそれを行わないところに妙諦がある。知らなければいけない。しかし、それを常に実行する必要はない。」「私においては、お茶を飲む、食事をするという、いわば箸のあげおろしの一刻一刻が人生だという気持ちが抜きがたいものになっている。高遠なる理想は私には縁がない。むしろ、小さな食器、それを造った職人の心、そこから人類の歴史にせまりたいという気持ちが強い。」(平成29年1月)