闇を裂く道 / 吉村 昭(文春文庫)★★★
大正から昭和にかけて完成まで16年もかかった丹那トンネル工事の苦難の物語である。吉村昭には、高熱に悩まされるトンネル工事の「高熱隧道」という名作があるが、この本は同じトンネルの話でも、大湧水との壮絶な闘いの記録である。記録と書いたが、吉村作品によく見られるまさに記録文学であり、小説として読むには相当な根気と努力が要求される。16名が死亡した落盤事故のさい、遅々として進まない救出活動を必死で行う現場の人々の様子や、生存者がやっとのことで奇跡的に救出された瞬間は感動的である。このような感動は、感情を排し事実だけを淡々と述べる吉村の硬い筆致によってのみ生み出されるものだろう。トンネル工事の上に位置する村々は豊かな湧水と穏やかな気候の地で、そこで暮らす人々は人情豊かであった。しかし、工事のために水は涸れ、わさび田も水田も飲み水も駄目になってしまう。心穏やかで親切だった村民たちの表情が次第に険しくなり、行動も凶暴化してくる様子は真に迫ってくる。(平成29年1月)