総理 / 山口敬之(幻冬舎)★★★★★
山口氏は政治記者でありながら誠実で信頼される人柄のため、大物政治家と個人的親交を結び、重大な政治局面に直接接し、種々の役割を演じてきた。この本は、世の中に決して知られることのなかった安倍総理の重大な政治決断における心境の変化や、政治家同士の緊迫したやりとりなどを明らかにした貴重な記録である。たとえば、第1次安倍政権の組閣人事や党総裁への再立候補、消費増税見送りの衆議院解散前夜などのとき、安倍の近くに居て相談相手になったり、安倍と麻生のメッセンジャーになったりしているのだ。安倍と中川昭一、安倍と菅官房長官との関係はある程度知っているが、この本を読んで安倍と麻生の関係をはじめて理解することができた。二人とも岸、吉田という大政治家の孫で、苦しい総理大臣の時期を経験してきたからこそお互いにわかりあえる部分が多く、保守という政治理念も似たところがる。この二人を近くで見て来た著者によれば、二人の関係は親友というわけではなく、かといって盟友というニュアンスでもないという。二人の間には一種独特の親密感と緊張感があるらしい。私はこれまで麻生という政治家のことはあまり知らなかったが、大変魅力的な人物であることが分かった。いかなる場面においても自分が正しいと思うスジを通し、仁義を守る男の中の男である。安倍総理とは、意見が異なったとき烈しく議論することがあるが、いったん総理が決断すると、それに対し全力をもって支えるのである。1つのエピソード。小泉政権時、安倍が官房長、麻生が外務大臣で、外務省次官人事において安倍が自分の親しい人物を麻生に推薦した。麻生はその本人がいる前で「おれはこの男が前からあまり信用できないんだよ。しかし、安倍がそう言うなら考えてやってもいい。ただし、1つだけ条件がある。安倍はこの後おれともう一軒付き合え」(平成28年12月)