パニック・裸の王様 / 開高 健(新潮文庫)★★★
「パニック」はねずみの大繁殖がテーマである。吉村 昭の「海の鼠」も瀬戸内海のある島のねずみ大繁殖の話で、ねずみの恐怖とそれと対決する人々の壮絶な戦いを硬いタッチで描いた物語だ。それに対しこの小説は、担当する役人の心理状態に焦点を当てた物語である。主人公の役人がねずみの大繁殖を予知し、その危険性を警告したのだが、上役から無視される。実際に事件が発生してから、その役人は自分の保身のため策を巡らせ、上役とねずみと両方との戦いがはじまるのである。吉村の「海の鼠」とは小説のタイプが違うため比べることはできないが、私としては吉村の方がより写実的で現実の恐怖が強く伝わってくるように思われる。私は過去ねずみと深い関わり合いをもった時期がある。実験動物としてラットを使っていたからだ。ラットの腎を摘出しメサンギウム細胞を培養したり、糖尿病ラットを作成して実験をしたり、1日に数十匹のラットの命を奪ったこともある。母校の大学では毎年春、動物慰霊祭を取り行って動物の霊を慰めるとともに感謝の念を捧げるが、研究先のシドニー大学ではそのような行事はなかったので、これは日本人特有の精神なのかもしれない。(平成28年11月)