ウィーン・フィルえぴそーど / アレクサンダー・ヴィテシュニク 福原信夫・吉野忠彦共訳(立風書房)★★★
百田尚樹が「鋼のメンタル」で愛読書として紹介されていた本である。ネットで調べてみたら1975年発行の古い希少本で、やっと手に入れた。ウィーン・フィルの関係者と楽団員の証言をまとめたもので、創立の1848年から1966年までのエピソードが書かれている。ワーグナー、ブラームス、シュトラウス、マーラーなどが指揮台に立ったわけであるから、このオーケストラの歴史には瞠目させられる。たとえば1つのエピソードとして、ブラームスが二長調セレナードを指揮しようとしたら、楽団員から演奏を拒否され、怒り心頭のあまり指揮棒で楽譜に穴をあけ帰ってしまった、などという話も載っている。このような、正式な記録に残っていないような面白いエピソードが満載である。数多くの指揮者の中で楽団員に特に人気があったのはクナッパーツブッシュであったらしい。その理由の1つは芸術の面での尊敬の念で、もう1つの理由は両者とも練習嫌いであったからだ。演奏旅行中、ある都市で本番前の練習予定のときに、クナッパーツブッシュは次のように言って練習を取りやめにしたという。「君たちは今日練習する曲をよく知っているし、わしはこのホールをよく知っている。それで充分じゃないかね」。もう1つ。楽団員の秘密の合い言葉の1つに「コーヒー4つ!」というのがあり、おしゃべりで注文がうるさい指揮者が来たときに出てくるという。その理由も傑作である。(平成28年10月)